フラれて辛いパパ。でも娘はもっと辛かったんです。
不登校前の様子
離婚して母親と離れ離れになった最初の2年はとても順調でした。元々、次女は明るいタイプでおちゃらけるのが大好きな子。保育園児の時に離婚したのですが、多分あまり離婚の意味が分かっていなかったようで、「ママとはたまにしか会えないものだ」と思っていたのかもしれません。また、離婚までの1年間も平日の夜はほとんど会えないというのもそうした気持ちにさせていたのかもしれません。
母親とは毎月1,2回、しかも泊りで会っていましたので、本人的には満たされていたのかもしれません。母親に会えなくて泣く、なんてことはそれまでは全くなく、むしろ長女の方が少し心配なくらいでした。
2年生になったらおかしくなった~ママに会えない~泣き叫ぶ次女
少し大人になったからかもしれません。これまでは瞬間瞬間、目の前の事のみを考えて生きていた次女は、周りが見えるようになったようです。他人と自分を比べるようになりました。小学校に慣れて少し余裕が出たのも理由の1つかもしれません。
そして、自分が置かれている状況が可哀そうと悟ったようで、
「なんでママに会いたいときに会えないの?」
「みんなおうちにママがいるのに、なんで私の家にはママがいないの」
…辛い。そんな気持ちにさせてしまった僕たちは最低だなと思いました。
辛いことに気づいてしまった次女は泣き叫びます。過呼吸になります。泣くのは決まって夜の就寝前。寂しさが募るのでしょう。短いときで1時間、長いときには3時間も泣き続けるのです。
抱きしめて落ち着かせようとするも、父親とのハグを拒否。
隣に座って待つしかできませんでした。
不登校が始まる
夜に泣くため、従来は9時ごろに就寝していたのが10時、11時と遅くなってしまい、それが起床に影響し始めました。
元々朝に弱い次女は寝不足で起きれなくなってしまったのです。
もちろん辛い気持ちがメンタルを弱らせてしまっていたことも大きな理由です。学校が少し憂鬱になったのもこの頃の様です。
小学校まで送る回数が増え、体調が悪いと言って休む回数も増えていきました。徐々に、小学校に行けなくなってしまいました。
体調の異変が始まる
微熱が頻繁に出るようになりました。平熱は36度5分前後くらいだったのですが、36度後半~37度前半を行ったり来たり。
また、便秘にもなりました。2~3日ではなく、1週間を超える便秘です。食欲は衰えていなかったので、食べたものがどこにいったか不思議なくらい便秘が続きます。
そんな状態が続くので、もちろん病院に行きました。
しかし、小児科の触診では異常なし。様子見という判断で整腸剤を処方されるだけでした。
その後も便秘は続き、市販の浣腸をするしか排便ができない状態に。
その後もMRIで全身を診てもらうも異常なし。お医者さんからは精神的なものが体に表れているのだろうと言い、たくさん子供を甘やかして安心させてあげて下さいとアドバイスをしてくれました。
キャンプに行ったら腹痛
娘たちを楽しませようと思い、その年はキャンプに2回行きました。
体調が悪いと言っても、基本的に元気です。元気がないのは朝と就寝前のみ。昼間は元気を持て余しているくらいです。つまり、楽しいことは苦にならない、まさに普通の子供です。
しかし、キャンプは2回とも散々なものに。夜に腹痛を起こして泣くのです。これまで見たことのない痛がり様。夜中に何度も抱っこしてトイレに連れて行きました。
その時は泣いている理由が全く分かりませんでした。母親に会えない辛さは関係ないように見えました。
正解は弱った心では不安に勝てなかったからです。
後から本人に聞いた話では、暗くて怖かったと。次女は家でも少し灯りをつけながら寝る子です。暗いのが怖いそうです。キャンプ場では暗さに加え、風の音、テントは布1枚で色々な人の足音や声が聞こえてきますので、不安な気持ちがピークに達したようです。
キャンプは初めてではありません。この時では既に10回以上の経験があることを考えると、やはり次女は精神に相当なダメージを受けているようです。
2学期は持ち直すも、授業をボイコット
夏休みが終わり、少し気持ちが落ち着いたようで体調も良くなり、徐々に登校できるようになりました。
しかし、今度は嫌な授業を受けなくなりました。授業を聞かずに絵をかいたり、机の下に隠れたり。気分のムラが激しくなっているようです。
音楽と英語の授業では教室にも入りません。
学校に行けるようになって喜んでいたのも束の間…今度は授業ボイコットという問題が発生しました。ようやく仕事ができる環境になったと思ったのに別問題が発生です。
カウンセリングが始まる
担任の先生は優しい人で、次女もとても懐いていました。休み時間も先生にべったりで、母親に甘えたい気持ちが先生に対して出ていたのだと思います。
毎日ではありませんが、先生は学校の様子を伝えるために僕に電話をかけてくれるようになりました。何度か連絡をいただいた後、先生としても普通の対応では無理だと判断したのでしょう。カウンセリングを受けませんかと言われました。
小学校には定期的にカウンセラーが来ており、問題のある児童とお話をしたり、親とも面談をしているそうです。
「それはぜひ受けさせてください」と伝え、次女と一緒にカウンセラーに会うことになりました。
発達障害の疑い
誤解していました。
てっきり「離婚で精神不安定になっている」ことに対してメンタルケアをしてくれると思っていました。子供の精神安定に努めてくれるのかと。
どうやら、次女には発達障害の疑いがあるとのこと。
今までそんなことを考えたことがなかった僕は、正直受け入れることはできませんでした。発達障害と思われる様子は確かにありましたが、「それくらいは年相応」・「メンタル弱まっているせいだ」と考えていましたが、多くの発達障害の子供を診るカウンセラーは発達障害の可能性を僕に伝えてきたのです。
かなり慎重に言葉を選んでいるカウンセラーの様子を少し可笑しく思っていた僕は、どこか他人事。専門家に発達障害と言われたものの、子供の事を一番知っているのは僕。僕が違うと言えば違うはず、なんてことも考えていましたね。
発達障害の診断待ち~今ここです~
小学校のカウンセラーの検査を次女が素直に受けてくれれば良かったのですが、ここでもボイコット。
結局、学校ではできないということで、かかりつけ医の元に行くことに。
病院の先生も、次に来た時には大学病院を紹介しようと思っていたようで、診察室に入るなり大学病院の説明を始めました。
話が早くて助かるわ~と思う一方、なんでも発達障害にするんだなと思いました。子供のメンタル問題は発達障害に結び付けられるようです。
その後の大学病院での初診では、「発達障害の可能性は低い」でした。コミュニケーションの取り方が発達障害のそれとは異なるそうです。
しかし、後日に発達障害の診断テストを受けた結果を見た先生は、白黒つけるのではなく様子見を選択しました。診断テストは次女が途中で飽きてしまって半分も終わっておらず、黒の判断ができないということでした。
おわりに
この問題は現在進行中です。個人的には発達障害でもいいと思っています。重度だとしんどいでしょうが、正直、個性の範疇だろうという認識です。むしろカテゴライズしてもらえれば何をすべきかが分かりますので、障害のない子よりは関り易くなるのではとも考えています。
しかし、子供が泣くのは本当に辛いです。痛くて泣いているのは何とも思わないですが、本心からの悲痛な叫びを聞くと胸が張り裂けそうです。
僕が引き取って良かったのだろうかと日々悩みます。次女とのやり取りで気づいたのですが、子供は「普通」が大好きです。みんなと一緒がいいんです。安心するんです。そうした視点で見れば、次女は「異常」なんです。離婚も異常。それはまあ彼女の周りにも何人かいるようで本人的には離婚は普通となっているかもしれませんが、シングルファザーが普通じゃないと考えいると思います。なんでママが引き取ってくれなかったのって責められると僕、泣いちゃうかもしれません。
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